今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

あこがれ

「あこがれ」というものがある。

「あこがれ」を考えたとき、どこからともなく「おもしろさ」がやってくる。

おもしろい人にあこがれてみる。

いや、人というよりも、

おもしろさそのものにあこがれてみる。

テレビを観ていると、おもしろさによく出会う。

ネットの中にも、そりゃもういろいろある。

じゃあ、じぶんの目の前の、この現実にはどうか。

あこがれられるおもしろさはあるのか。

これはもう、じぶんなんだと思う。

 

じぶんが何におもしろさを感じるか。

それは人それぞれで、同じだとは限らない。

そして、じぶんがおもしろさであれるかどうかは簡単じゃない。

おもしろいことにあこがれることや、

おもしろいことが好きだということは、

たぶんきっとだれでもできる。

だけれど、おもしろさを生み出したり、

じぶんがおもしろさであることは、

ほんとうに限られた人の仕業なのだと思う。

 

そんな限られた人は、

今日もじぶんなりにおもしろさを考えている。

どうすればおもしろいか。

これはなんでおもしろいんだろう。

あれはなかなかおもしろいんじゃないか。

おもしろさをことばにしてみたり、文章にしてみたり、

かたちにしてみたり、笑いにしてみたり、

様々な表現でおもしろさを伝えようとする。

だとすれば、「伝わる」がなければ、おもしろさはないといえる。

そして、人は「伝える」の中に、

おもしろさを込められる可能性を秘めている。

 

伝えることにも、伝わることにも、人はおもしろさを感じるからこそ、

なくならないものってのがあるんだろうなぁと思う。