今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

考える余白

挑戦と大げさにいってしまえば、

なにか大きなことのようにきこえるかもしれない。

けれど、たとえなんであれ、「なにかをすること」を挑戦としたら、

だれでも人は日々挑戦していることになる。

なにもしないなんてこと、人にはできないものね。

そう考えると、価値の転換が起きてしまう。

「むつかしいことをやること」だけが挑戦なのだとしたら、

「なにもしない」をすることのほうが、よっぽどむつかしくて、

よっぽど挑戦なんじゃないか。

 

なんてことを考えていると、禅問答のようで、

よくわからなくなってくるのですが、

そういうグレーな部分におもしろさを感じてしまう性分なんですよね。

あたりまえに感じているすべてが、実は挑戦なんじゃないか。

反対に、誤解を恐れずいうならば、挑戦だと思ってやっていることは、

じつは、たいしたことではないんじゃないか。

その根本にある考え方は、「判断を断定しない」ということ。

たとえば、「この人はこういう人だ」と断定してしまうことがあるとする。

そうやってじぶんの考えだけで断定することはとてもたやすくて、

断定するスピードに、じぶんでかっこよさを感じることもあるのかもしれない。

だけれど、人にも、できごとにも、

あらゆる可能性は潜んでいる、と思うわけです。

「考える余白」はいつも残っていて、

その自由はだれにも奪うことのできないものだと。

 

すべての人が挑戦だと思うようなことも、

当の本人にとっては、ただやっているだけ、なんてこともある。

毎日が判断しなきゃいけないことの連続だけれど、

それが絶対だと決めつけず、考える余白をちゃんと大事にしていきたい。

そんなことを今日はぼんやり思いました。

ともあれ、明日からの8月も、健康第一でいきませう。