今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

誰かに教わる

世の中には、じぶんで身につけるしかないものがある。

学校で教わることで、

今も役に立っていることは少なくない。

「ともだちと仲良く」とか、「残さず食べよう」とか、

未だに大事にしたいことってあるもんね。

だけれど、教えられたものだけでは埋められない日々のいろいろに、

ぼくらはどう向き合っているんだろうか。

 

「だれかに教わる」ってのも一つだけれど、

ぼくはあまのじゃくなところもあって、

なにかにつけて教えたがる人を昔から拒むところがあった。

そんなにごちゃごちゃ言わずに、

じぶんでやらせてくれよと、思ってしまうのだ。

じぶんでやったところで、勘と感覚だけが頼りのため、

身につくスピードは遅いし、

得るものは己の体験によってのみ、

なのだけれど、そっちのほうが納得してできる。

ほっといてくれてたほうが、

大胆に間違えられる。

そんなふうに考える性質があったように思う。

ま、だれかに教わったことが必ずしも、

じぶんに合っているかどうかはわからないもんね。

それもふくめて、じぶんでやってみることで、

「わからない」を紐解くしかない。

 

人に何かを教えるときは、

じぶんの中にもある「教えられる側の気持ち」ってやつを、

意識することは大事な気がするなぁ。

できるかどうか以上に、

どうできるようになっていくかのプロセスが、

あとあとその人の拠り所になったりするときがあるから。

教えられる側も、感じて、考える、

じぶんと同じ「人」なんだということを、

忘れちゃいけねぇぞと思うのです。