今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

こころで考える

考えることの大切さに、

ちょいと前から気づき始めた30歳。

いかにじぶんが考えてこなかったかを痛感している。

いや、もちろんそれなりにね、

考えてはいたんだろうとは思うけれど、

考えて、考えて、とことん考えて、

もっと考えよう、次は右から考えよう、

次は上から考えよう、みたいなことは、決してなかった。

そして昨日、

「熊本地震から感じたことを話す会」(そんなような会)に参加したとき、

またしても、考えることって大事だなと思ったのです。

 

5年前の東日本大震災のとき以上に、

今回は世にSNSが浸透していたため、

いろいろな人のいろいろな動きが伝わってきました。

そのなかで、賞賛されるような動きの一方、

これは「ちょっと違う気がするのでは」と思われる動きも、

あったのかもしれません。

「ちょっと違う気がするのでは」と思われる動きには、

それをSNS上で見ている人が監視者のごとく、

批判や否定的なことばを列をなして書き込みました。

 

それは事実の一端にしか過ぎないけれど、

多岐にわたる話題が挙がった昨日の会を通して、

考えることが今、ないがしろにされているんじゃないか、

とぼくは感じています。

その場を大人の都合で仕切る人も、

SNS上で人をたたこうとする人も、

考えることをやめて、じぶんの中の正しさだけを見ているがために、

じぶんの正義で人を律しようとしてしまう。

その行為はあまりにこころがない気がするのです。

 

考えることは、変化を恐れない勇気だと思います。

「これでいいのだ」に行き着くまでには、

「本当にこれでいいのか」、「相手だったらどう感じるか」と、

何度も自問を繰り返してゆくことだと思います。

それは、決して表面的なものではなく、

「違う」と納得すれば、じぶんを変化させられる。

そんなこころの柔軟さこそ、

考えることの真ん中にある大切な要素だと思うのです。

 

しばし宮崎を離れます。

考えることを考えさせられた約1ヶ月間でした。