今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

いつかのための大事な経験

昼まで降っていた雨も夕方には上がり、

たまには外の空気をと、近くの土手を散歩してみた。

吹きすさぶ風を全身で感じながら、

少しずつ色を変えてゆく夕焼けをただただ見ていた。

考えることを大事にしようと意識して、

何かを考えることを試みても、

すぐに違うことへと頭の中はトリップしてしまう。

それでも、考え続けることだと言い聞かせ、

もう一度スタート地点にやってくる。

そんなふうにして、先日のみやちゅう25周年の懇親会の場で、

200人以上の方々の前にして、

話をさせてもらったときのことを思い出していた。

はっきり言って手応えはまったくなかったのだけれど、

それはなぜだったのか、ということを、

ちゃんとわかっておきたいと思ったから。

 

最初に大きな声で「こんばんは!」と出ていったこと、

「ぼくの声は聞こえてますか?」と会場を煽ったこと、

それからの冒頭、早口で言葉をまくしたてたこと、

「いい空気ですね」などと会場いじりをしたこと、

などなど挙げるとキリがないほど、

打つ手すべてが裏目にでていたように感じる。

そんなことから分かるように、大きな要因の一つとして、

ぼくは会場の雰囲気に完全にのまれていたのだ。

それはぼくとしては認めたくないことなのだけれど、

偽りのない事実なのだと今は思う。

 

それでも、3月にあった友達の結婚式の余興のときは、

同じくらいのテンションで話したけど会場は盛り上がっていたし、

ぼくもその空気感をちゃんと感じながら話せていた。

しかし、過去の成功体験を、

どこにでも通用する正解だといつの間にか思っていたところが、

そもそも間違いだと気がついた。

そんなわけはないのだ。

あのときだいじょうぶだったからといって、

次もだいじょうぶだという保証はどこにもない。

 

ほかの要因としては、会場にいるすべての人々が、

ぼくの話に耳を傾けている状態ではなかったということだ。

そんなことは会場を見れば一目瞭然であるし、

その空気感をちゃんと感じてわかっているならば、

違うやり方や話し方があったはずだ。

会場の雰囲気を見て見ぬ振りして、

これが正解だという一方的な思い込みのまま、

じぶんのトークというふろしきをぶわっと広げてしまった。

ここで臨機応変に対応できなかったことは、

場数の足りなさを物語っているように思う。

そして、話をする以前に、

話すときの状況や情景を深くイメージすることと、

じぶんのパフォーマンスはこれでいいのかと、

何度もまじめに考えることをおろそかにしていたからだと思う。

 

そしてさらにいうならば、

笑いをとりにいったぼくの姿勢が完全に空回りしていたように思う。

最初の要因と重複するけれど、

いかにも笑いをとりにきましたという空気感が、

ぼくの選ぶことばや声の大きさ、話し方などで一気に伝わり、

話を聞いてくれる方々を最初から構えさせてしまったところが、

結果としてじぶんの首をしめることになったように思う。

 

これらの要因によって、

ぼくはまったく手応えのないトークをすることになった。

それはまるで、結婚式の席での上司によるただ長いだけの挨拶を連想させる、

いたたまれない時間だったように思う。

それでもぼくはこの経験を活かさなきゃならない。

この経験をしたのはぼくだけなのだから。

「失敗だった」とか「やらかした」では終わらせたくないよね。

いつかのための大事な経験にするためにも、

ちゃんと向き合って、まじめに考える。

原因はみえてきたから、二度と同じ轍を踏まないために、

よりよく話すための努力をしなくては。

その努力の一つが、準備にあると思う。

話す内容もあるけど、それ以上に話をする上でのぼくの心構えなど、

話をする前の段階でパフォーマンスの質が決まる感覚を今回強く受けた。

まずは、いつでもまじめに考えるクセを身につけます。