今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

尾崎

尾崎豊を初めて聞いたのは15歳のときだった。

友達と卒業旅行を兼ねてスノーボードをやるためにどこかの山へ行った。

スノボが初めてだったぼくはうまくすべれなくて何度もこけた。

次第に嫌気がさしてきて、

ゲレンデでポツンと体育座りするようになった。

さすがに山だから、そこからの眺めはいい。

山々の景色をぼーっと見ながら、ぼくは「滑って降りる」という現実から、

逃避していたのだと思う。

そんなときに流れてきたのが尾崎豊の「僕が僕であるために」だった。

それまでにもいろいろな音楽が流れていたのだけれど、

その声は逃避中のぼくにまっすぐ入ってきて響いた。

となりで体育座りしていた友達に、

「これ誰?」と聞くと、

「尾崎」だと教えてくれた。

当時のぼくの中の「尾崎」といえばゴルフのジャンボ尾崎だった。

明らかに声が違うしさ。

ま、そんなことはどうでもいいのだけれど、

そのとき初めて尾崎豊の歌をちゃんと聞いたように思う。

それ以来、カラオケでもよく歌ったし、

もちろん今もときどき聞いている。

あのときの出会いは今思い出しても、かなり衝撃的だった。

 

いくつのときか忘れたが、

尾崎豊は若くして亡くなってしまって、

おそらくたしか、すでにぼくは尾崎より長く生きている。

尾崎豊の音楽を聴いていると、

生きてる間だけでなく、じぶんが死んだあとにも、

たくさんの人々に歌を通じて何かを感じさせることのすごさを思う。

いつの時代も、どこの国でも、

きっと、いいものはいいのだ。

それはきっと言葉や理屈を超える感覚なんじゃないのかな。

あのときのぼくも、根拠や理由なく、

ただ「いい」と感じていたのだと思う。

そして15年経った今でも、

ぼくは尾崎豊の歌が好きなのだ。