今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

じぶんで決める。

じぶんがやったことにたいして、

見返りがないと不満に思うことがあった。

もっというと、だれかの見返りのために、

何かをやっていることが多かったように思う。

「すごい!」とほめられることや、

「ありがとう」と感謝されることなど、

それらを聞くことができれば勝手に納得していた。

それらのリアクションを気にするじぶんに、

いつしか「ちょっと待てよ」と思うようになった。

気にすることが悪いと考えているわけではない。

「ほめられるため」や「感謝されるために」よりも先に、

ただやっているじぶんや、やりたくてやっているじぶんがいることに気づいたのだ。

心の中で強く見返りを求めるあまり、

いつしかその手前にいるじぶんを置き去りにしていたように思う。

 

それがだれかのためになっているという時点で、

もうすでにうれしかったりするじぶんがいる。

ただ単に何かをやっていることが、以外と楽しかったりするじぶんがいる。

そこには見返りなんてものが介入する余地はなくて、

じぶんですべて完結しているのだ。

そんなじぶんがいることに気づいたのも、

昨日触れた「アドラーの考え」に、

あらためて本で学んだことが大きい。

だれになんと思われようと、

じぶんがしたいからしている。

そうやって、

すべてをじぶんで決めている感覚を意識することは、

当たり前のことのようで、

生きる上でとても大事なことだとぼくは思うのだ。