今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

正解

疑問に思ったまま、ほったらかしにしていることは少なくない。

「なぜ?」とか「なに?」と思ったけれど、

答えを探そうとしなかったり、流れてしまったり、

そのまま置き去りにされた幾多の疑問たちを、

ぼくはしっかりと忘れて今日を生きている。

それらの消えてゆく疑問は、

今よりも子どものころのほうが多かった気がする。

たとえば、掃除機のコードの赤いテープは終了のお知らせだとすると、

その手前にある黄色のテープはなんのお知らせなのか。

分からなきゃいけないわけじゃない、どうでもいい疑問が、

忽然と湧いてはいつの間にか消えていった。

 

今の時代、調べようとすれば簡単に調べられる。

最近のぼくは何かわからないことがあったら、

すぐにスマホでグーグルに聞く。

それは手早く簡単に答えに近づけるからだ。

そんなふうに分かることを優先させることが大事なときもある。

その一方で、分からないことを大事にするときもある気がしている。

つまり、じぶんで考えることで答えに近づこうとすることだ。

さらにはじぶんなりの答えを見つけ出すこととも言えるかもしれない。

 

それがなぜなのか、それがなんなのか。

考えたり、想像したりすることが、

子どものころのぼくは楽しかったんじゃないか。

お笑いのボケだって、正解を答えるわけじゃなく、

じぶんなりの答えを「笑い」という正解に導くことともいえる。

ときどき、じぶんがさも正しいかのように、

しゃべってしまうことがぼくにもある。

そのときほど、じぶんのつまらなさを心底感じないときはない。

おもしろさという答えは人それぞれだからこそ、

いつだって決めつけちゃいけないよなと思うのだ。