今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

落語

古典落語入門ベスト」というCDを借りてきて聴いている。

生の落語を聴きに行ったことは何度かあるけれど、

あらためて落語というものをちゃんと知りたいとふと思った。

落語には笑いの基本や話し方の基礎が詰まっていると聞く。

にもかかわらず、ぼくは今までちゃんと学ぶことはなかった。

学ばなければいけないとだれが決めたわけでもないのだけれど、

ぼくとしてはそこを通ってこずに死ねんやろと思ったのである。

落語家になる予定もないのだけれど、

落語というものをじぶんのなかに少しでも吸収したいのだ。

 

さてそんな「古典落語入門ベスト」だが、

一つ目の噺である「黄金餅」はあの古今亭志ん生さんが話されている。

五代目古今亭志ん生さんといえば、戦後の黄金期の第一人者だ。

そうCDに付いていた解説書に書いてあった。

高座で酔って寝てしまったり、結婚式の晩に女郎買いに出かけたりと、

天衣無縫な生活ぶりが志ん生さんの芸と重なって、

志ん生伝説」として伝わっている。と書いてある。

天衣無縫という表現が正しいのかどうかはよくわからないけれど、

ずいぶん破天荒な人だったようだ。

しかし、落語の実力はたしかだったようである。

 

そんな志ん生さんの「黄金餅」から聴き始めたのだが、

まったく話が頭に入ってこない。

CDで聞くという聴覚のみに頼らざるをえないせいか、

生で聴いたりテレビで見たりするよりも集中力が必要になってくるのだ。

つまり落語に耳が慣れていないということになる。

これは英会話のスピードラーニングを始めた頃のようなもので、

毎日聞くことで少しずつ耳を慣らしていかなければならない。

そうして落語耳をつくっていくのだ。

 

なにはともあれ、始めることで踏み出し、

続けることで道になっていくことを思うと、

なにをするにしろ動き続けるほかないのである。

落語を聴く。

ただそれだけのようで、

それだけでは終わらない深さがものごとにはあったりする。

それに気づくのはいつも、

やってみたときだけなのだ。

 

というわけで落語聴きます。

また明日。