今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

魂で生きる。

ふと、魂で生きたいなぁと思った。

魂と聞くと、宗教やスピリチュアルな感じがしちゃうが、

そういうジャンルを超えて、魂というものの存在が

当たり前になっちまう世の中がこの先やってくるんだろうなぁと

実のとこ思っていたりするのだ。

そんなことをだれかれかまわず人に話しているわけじゃないのだけれど、

やっぱり1人でぼんやり考えている。

そして、魂を解放することが

人がこの世に生きる1つの意味だと思っている。

こう書いちゃうと、やっぱりちょっとぼく自身うさんくさい感じがする。

そんなふうに、ゆれながら迷いながらも、

この魂というものをもっと知ろうとしてもいいんじゃないかとも

思うじぶんがいるのだ。

 

今のとこのぼくの理解はこうだ。

魂という自分を動かす核があって、体という器の中に、

その魂が入っている。

やがて体が朽ちれば、魂はまたどこかにいく。

そんな感じで、魂は時代を超えて、種別を超えて、器を変えて、

繰り返し生きる。

「一寸の虫にも五分の魂」というが、

虫にも石にも魂がある。

入れものを変えながら、その瞬間の生を全うし、

また次の命を迎えるのだ。

 

と、聞いた話、読んだ本から考えるに、

こんな感じでぼくは魂をとらえている。

 

もちろん、間違っているという人もいるだろう。

「何をわけのわかんないことを」と思う人もいるだろう。

 

時代が進めばいろいろとわかってくることかもしれないし、

科学や学問では見えてこないことなのかしれない。

だけれど、

今回のぼくの人生は、このあるかないかわからんけれど、

なんかちょっと感じるこの魂というものを

信じて感じて生きてみたいと思うのだ。

 

そこで、「魂で生きること」とは一体どういうことなのか、

ぼくなりに考えてみる。

魂はすべての答えを知っている、とする。

その答えとは、じぶんがなにをやりたいか、というものだ、とする。

じぶんがなにを好きで、なにを得意と感じていて、

なにを大事にしたいと思っていて、だれを大切にしたいと思っているのか、だ。

 

そう考えると、答えはじぶんの中にあるのだから、

それを感じてそのとおりに生きればいい。

そのとき感じることに素直に生きていく。

そこにこそ今回の命の使い方が示されているのだと思いたくなるじぶんがいるのだ。

 

そんなふうに考えていくと、

じぶんの魂を意識することはこれからのぼくにとって

とても大切なことだと感じる。

その魂のままに生きていくことでこそ、

じぶんの生を輝かせることができると思うのだ。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

 というわけで、魂をどんどん解放してやろう、です。