今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

生まれたての赤ん坊のように。

鉛筆は書くために生まれてきた。

と、鉛筆本人が思っているかは定かでないけれど、

ほとんどの場合、ぼくは書くために鉛筆を使ってきた。

鉛筆の考えや気持ちはなかなか分からないけれど、

鉛筆にも鉛筆としての役割がきっとあるのだと思う。

 

今日、たまたま観た植松電機の植松努さんのお話にとっても感動しました。

ぼくらは生まれたとき、

何一つあきらめようとすることなく、

すべての可能性を信じるものとして生まれてきたんですよね。

そこから、家庭、学校、会社、を通して、

親や友達、周りの大人の言葉を聞くたびに、その姿を見るたびに、

あきらめることを習ってきた。

そして、その終わることのない悪循環が繰り返されているんだよね。

 

だけど、

「どーせむり」という言葉を「だったらこうしてみれば?」に

変えることができれば、世界を変えることができるし、

救うことができると植松さんは言う。

 

可能性に根拠なんていらない。

「失敗」という言葉があるだけで、

実在しない。

たくさんの思い込みから、

もう一度生まれたての赤ん坊のように

じぶんの可能性を信じて、人の可能性を信じて、

どこまでも輝いていくことが、今を生きる人の役割だと思うのです。

と勝手に決め付けるわけにもいかないから、

まずはぼくがそれを信じて生きていきたい。

植松さんのお話を聞いて改めてそう感じました。

 

そして、そんな想いで生きる仲間と一緒に、

だれもが志をつらぬける社会をつくっていきたいと思います。

「志をつらぬける社会」というとちょいと固いですけれど、

その時代に生きる誰もがやりたいことをやれると信じられる社会。

つまりは、自分の無限の可能性を信じて突き進んでいける社会です。

 

今がまさにそういう社会であるといえるかもしれません。

だけど、そのことを知らない人、あきらめている人は少なくないです。

「ぼくはいいです。」

「わたしにはちょっと、、」

失敗を恐れるあまり、周りの視線を気にするあまり、

挑戦できなくなっているともいえるかもしれません。

波風立てないように、おとなしく生きていくこと。

それで社会が回っているようにもみえる。

じぶんが平和に生きているようにも思える。

だけど、それがホントのじぶんなのか。

ホントのじぶんの「生きる」なのか。

もっと、やりたいことに挑戦する人、

くふうする人、そして、あきらめない人。

そんな人でありたいと思います。

ここまで繋いでくれた命の可能性をどこまでも信じて生きたいねー。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

植松努さん、いつかきっとお会いすると思うなぁ。