今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

じぶんからつくる

感じることはそのときのじぶんで変わる。

同じ映画を観たとしても、

いつ観るかによって響く言葉や描く感情は違う。

というわけで、

今日は久々に「これだ!」と思う言葉が飛び込んできた。

 

 

正解は探すものじゃない。

正解はつくるものだ。

 

うむ。

さて、ここからです。

この言葉を、

「〇〇は探すものじゃない。

 〇〇はつくるものだ。」

と、正解のところを〇〇に置き換えてみて、考えてみる。

すると、なかなかおもしろい。

 

たとえば、

「じぶんは探すものじゃない。

 じぶんはつくるものだ。」

と、「じぶん」を置いてみると、

これはこれで伝わるものがある。

「じぶん探し」なんてよく聞くけれど、

「つくるものだ」と言われれば「なるほど」とぼくなんかは思ってしまう。

 

あるいは、

「恋人は探すものじゃない。

 恋人はつくるものだ」

安易に書いてみたものの、案外深く聞こえたりする。

 

あるいは、

「たのしみは探すものじゃない。

 たのしみはつくるものだ。」

まさにそうだと思うのだ。

 

ぼくはじぶんでつくるということから、

ひどく離れてきた気がする。

なぜなら、何かを得る手段はお金だけだと考えていたからだ。

そして、お金を手に入れる手段は仕事だと考えていた。

その他の手段を考えたことはなかった。

だけど、

宮崎にくる前のじぶんと来てからのじぶんとを比べたときに、

大きく変わったことは何かとじぶんに問うたとき、この言葉に行き着くのだ。

「じぶんからつくる」

つくられたものをただ単に享受するのでなく、

少し手を加えてみる。

または、初めからじぶんの手でつくってみる。

そこにこそ、おもしろさやたのしさがあることに

気付き始めているじぶんがいる。

 

人生も同じだ。なんてえらそうなことはいえない。

まだ死んだわけでもないしね。

だけど、きっと「じぶんからつくる」をやっている人は、

人生をたのしんでいるんじゃないかな。

そんなことを思うのです。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

今のぼくには何ができるかを考えると、やっぱりわくわくするね。