今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

表現者であったか。

ふと、江戸時代には

目覚まし時計なんてなかったよなぁと思ったのでした。

そんなわけで、3連休をいいことに、

久しぶりに目覚まし時計をセットせずに寝てみました。

8時半くらいに目は開いたものの、

2度寝、3度寝を経て、ちゃんと起きたのは10時をまわっていました。

 

竜馬がゆく』を読む限り、竜馬は「朝寝」を得意としていたそうです。

朝寝とは、朝遅くまで寝ているというやつです。

のんきな竜馬らしいなぁと思う一方、

じぶんを含めた現代に生きる人のことを思いました。

「起きなきゃいけない」があるからこそ、

現代人にとって目覚まし時計というものは必要なんですよね。

そして、起きなきゃいけないことがなければ、

人はもともとじぶんのタイミングで起きるものだとも思ったのです。

 

竜馬がゆく』で幕末という歴史の一端を読み進める今、

リヤカーで本を売る田中克成さんを通して知った

 髙取宗茂さんの言葉を反芻するたびに、

現代人は何かに「合わせる」のがとても上手だなぁと思います。

そして、その「合わせる」ということが行き過ぎているとも感じます。

人と違うことを恐れたり、じぶんの本心を声に出さなかったりと、

ホントのじぶんが表現できないがゆえの、

世間や会社に対する愚痴や不平不満なんだと思います。

 

なぜここまではっきり書いちゃうかというと、

つい最近のぼく自身がそうだったからです。

会社に対しての不平不満を抱え、

ときにぶつかりながらも、合わせようとしていました。

うまく合わせられる大人が多いから会社が成り立つという考え方も

できるかもしれないけれど、

それでは会社も働く人も健全だとはいえないと思うのです。

 

今のぼくは、まず受け止めることを大事にしています。

会社でも家でも、人間関係はある。

お互い人間である限り、人と違うのは当たり前です。

だからこそ、相手の話や想いを受け止める。

 

そして、じぶんの想いや意見も伝えることが大事だと思います。

じぶんが思っていることは表現しない限り、

誰にも伝わらないし、じぶんの中に溜まっていくだけです。

 

人は、「どう思われるか」を想像することが得意だけれど、

それよりもまずは、じぶんが「どう思っているか」を表現していくことを

大事にしたい。

誰かに否定されたり、

とんちんかんな表現だったと後から気付いたりするかもしれない。

けれど、それは結果の話です。

 

なによりも大事なのは、「表現者であったか」だとぼくは思います。

周りから外れることを恐がらずに、

声を挙げることに怯えずに、

表現者として生きる勇気を持ち続けたい。

そんなことを最近考えるのです。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

じぶんらしさの始まりは、人と違って当然だと知ることにあり、だと思います。