今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

考えること

最近よく、「考えること」について考えております。

ちゃんと「考えること」ができる自分でありたい。

ただ、考えるとはなんだろうってことです。

 

普段の生活のなかで考えることってもちろんあります。

お昼ご飯をコロッケにすべきか、メンチカツにすべきか、

それが問題だ。

と、判断を迫られる瞬間はザラにある。

そんなときに、ぼくらは考えるわけです。

 

今この瞬間もそうです。

どんな言葉を次に置くか。

ときに考えながら、ときに考えなしに、タイピングしているわけです。

それら一つひとつを思い返すと、

考えるにもいろいろあるんですよね。

「これが考えるということだ」と明確に言える

ただ一つの答えはないような気もするのです。

 

 

さて、現代社会は情報が溢れています。

もう情報の海を溺れかけながらも必死で泳いでいるといった感じです。

そのおかげで、考えることがしづらい環境だとも言える。

人から、本から、ネットからどんどん入ってくる情報さん。

知っている気にさせてくれるし、

分かった気にさせてくれる。

だからこそ、じぶんで思考する時間というのは、

様々なものが便利になる分だけ減ってきたのだと思います。

 

昔の人たちって、きっともっと考えていただろうなぁ。

恐らくね、情報が少なかったろうから、自分で考えて、

自分で行動してみるしかない。

そこで得た経験からまた考えて、行動してみる。

 そうやって、試行錯誤をするしか前に進めなかったんじゃないだろうか。

 

現代は正解と思われることに、

すぐに行きつける便利さがあります。

だから、人は考えない。いや、ぼくは考えていない。

ご先祖様よりも、きっとずっと考えている時間は少ないと思います。

 

そんなじぶんを変えたいね。

情報を選別している時間よりも思考する時間を増やしたい。

とことん自分を見つめる。

見つめまくる。

そんな私でありたいです。

 

例えば、1週間。

Facebookを見ない。

ヤフーもグーグルも、つまりネットは使わない。

人に会わない。

本を読まない。

そんなことを試してみて、自分ととことん向き合ってみたら、

どうなるか。

 

わかんないけれど、やってみたい。

人に会わないことはちょいと難しいけれど、

ネットと本を絶つことはできる気がする。

ネットもブログを書くだけにしてみる。

そこから、本当の「考えること」、思考が始まる気がするのだ。

いやどうなのかわからないけれど、するのだ。

よし、明日くらいからやってみようと思います。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

あさってくらいからになるかもだけど、やってみよう。