今日のふとす

モットーは「毎日開店」。

わからないからこそ

日常のいろんなところに「わからない」は転がっている。

人の話を聞くとき、本を読んでいるとき、

ぼくの「わからない」は増えていく。

いつもなにがしかの「わからない」を抱え、

それを支えにぼくの「わかりたい」という好奇心は動き続けている。

 

逆に、「わかった」と言ってしまうことはとても憚られる。

なぜなら、「わかった」と思った瞬間に、

止まってしまうものがある気がするからだ。

「わかること」

それは、1つの正しさと言えるのかもしれない。

じぶんの中でその正しさを出した瞬間に、

「わからない」というおもしろさを忘れてしまう気がする。

たとえば、

ぼくの人生はこれこれこういうものだ、

というこれからの予定がわかっていたら、

きっと何もかもがおもしろくなくなるだろう。

「わからない」からこそ、知りたいし、近づきたい。

「わからない」からこそ、たのしめるのだ。

 

 

じぶんが表現した瞬間、

もうこころは変化していることだってある。

「好きだ」と言った次の瞬間には、

好きじゃなくなっている可能性だってある。

いつだって、こころは変化し続けると思う。

と書いた瞬間にも、

「ホントにそうなのか?」という疑問はよぎる。

 

「わかった」瞬間に終わりでなく、

「わかった」瞬間に、「わからない」の始まりが控えている。

その真ん中にこそ人間が考える生き物であり、

感じる生き物だからこその醍醐味がある気がするのだ。

そんなふうに、自分を感じる自然をもっともっと大事にしていけたらなー。

 

今日もお越しいただいてありがとうございます。

自分だけの「わからない」があるからこそ、

人に伝わる「わかりやすさ」は生まれる。